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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)224号 判決 1974年5月10日

東京都大田区北千束一丁目四番二号

原告

永原国治

右訴訟代理人弁護士

荒川晶彦

東京都大田区雪谷大塚町四番一二号

被告

雪谷税務署長

木村幸二

右指定代理人

伴義聖

田島久照

永田八八

西山吉洋

右当事者間の課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告の昭和三八年分の所得税について昭和四一年一二月一四日付をもつてした更正処分および過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和三九年三月一六日被告に対して原告の昭和三八年分の所得税について総所得金額(ただし、事業所得のみ)を六九九、三〇〇円、所得税額を五五、五〇〇円とする確定申告書を提出したところ、被告は、昭和四一年一二月一四日付をもつて原告の総所得金額を一、六三八、〇〇〇円、所得税額を二七九、七六〇円とする更正処分(以下、本件更正処分という。)および過少申告加算税を一一、二〇〇円とする賦課決定処分(以下、本件賦課決定処分という。)をした。

2  しかしながら、原告の昭和三八年分の総所得金額は原告の前記申告どおりであるから、本件更正処分には原告の総所得金額を過大に認定した違法があり、したがつてまた、本件賦課決定処分も違法であるので、原告は、右各処分の取消しを求める。

二、請求原因に対する被告の認否および主張

1  請求原因1の事実は認めるが、同2の主張は争う。

2  原告の昭和三八年分の総所得金額(ただし、事業所得のみ)は本件更正処分において認定したとおり一、六三八、〇〇〇円であり、その算出根拠は次のとおりである。

(一) 原告は、東京大田区北千束町五三三番地所在の建物を賃借して建具業を営なんでいたものであるが、東京都知事の施行にかかる都市計画事業環状第七号線街路築造工事のために右建物の敷地が買収されたことに伴い、右店舗を他に移転しなければならなくなつたので、東京都から昭和三八年中にその損失補償金として、(1)工作物等補償二三六、六〇〇円、(2)動産移転補償六、九八七円、(3)営業補償一、〇四三、〇〇〇円、(4)移転雑費五八、七三一円、(5)特別措置五〇五、〇二五円、合計一、八五〇、三四三円の支払いを受けた。

(二) 右損失補償金のうち営業補償金一、〇四三、〇〇〇円(以下、本件営業補償金という。)は、以下に説明するとおり、所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下、旧所得税法という。)九条一項四号に規定する所得(事業所得)の収入金額に代る性質を有するものである。そこで、被告は、右条項および旧所得税法施行規則(昭和四〇年政令第九六号による改正前のもの)七条の一一第一項に基づき本件営業補償金一、〇四三、〇〇〇円を事業所得の収入金額とし、これに原告の申告した事業所得の収入金額二、三七三、〇〇〇円を加算し、その加算額三、四一六、〇〇〇円から原告の申告した必要経費一、六三〇、五〇〇円および専従者控除額一四七、五〇〇円を差し引いた一、六三八、〇〇〇円をもつて原告の昭和三八年分の事業所得と算定したものである。

したがつて、本件更正処分および本件賦課決定処分に原告主張のような違法はない。

3  次に、本件営業補償金が事業所得の収入金額に代る性質を有するものであることを説明する。

(一) 本件営業補償金一、〇四三、〇〇〇円は、原告の前記賃借建物の敷地買収にあたり、東京都と原告との間において、右敷地の買収によつて原告が店舗の移転を余儀なくされるために営業を一時休止することによる収益の減少額を補償するものであることについて合意のうえ、東京都より原告に支払われたものである。すなわち、原告は、東京都との前記損失補償の交渉について、当時地元関係者の一部により組織されていた東京都道路対策連盟の書記星武彦にまかせていたので、東京都は同人との間で交渉を重ね、昭和三八年八月ごろ同人に対して原告に対する損失補償金額として合計一、八五〇、三四三円をその前記内訳と算出根拠の概要を明らかにして提示したところ、同人は、それについて原告と相談のうえ、昭和三八年八月三〇日、原告の署名押印のある「立ちのき承諾書」に原告の印鑑証明書を添付して右損失補償金額を承諾したものであるから、原告は、前記のような性質を有する本件営業補償金が右損失補償金額に含まれていることについても了承していたものというべきである。したがつて、本件営業補償金は事業所得の収入金額に代る性質を有するものというべきである。

(二) 仮りに、原告と東京都との間において損失補償金の総額についてのみ合意がなされ、その内訳として前項で述べたような性質を持つ営業補償金一、〇四三、〇〇〇円が含まれることについては合意がなかつたとしても、本件営業補償金は、東京都において原告の営業の実態を調査したうえ、「東京都の用地取得に伴う補償等の基準を定める要綱」(以下、都の補償基準要綱という。)に基づいて算定したものであり、実質的にみても営業の休止による減少収益に対する補償としての性質を有するものである。したがつて、この点からみても、本件営業補償金が事業所得の収入金額に代る性質を有することは明らかである。

本件営業補償金の内訳とその算出根拠は次のとおりである。

(1) 査定収益額 四〇八、三〇〇円

次のとおり算出した一か月当りの収益額一三六、一〇〇円に移転(移築工法)するに必要と認められる休業期間たる三か月を乗じて算出したものである。

(イ) 年間当りの収入 四、八八一、八四八円

(ロ) 年間当りの必要経費 三、二四八、六四八円

(ハ) 年間当りの収益額((イ)-(ロ)) 一、六三三、二〇〇円

(ニ) 一か月当りの収益額((ハ)×1/12) 一三六、一〇〇円

(2) 固定経費補償 五、七〇〇円

一か月当りの固定経費である光熱基本料一、九〇〇円の休業期間たる三か月分を補償したものである。その趣旨は、休業期間中であつても固定経費の支出はこれを余儀なくされるのが通常であるから、査定収益額の補償のほかに休業期間中に支出が予想される固定経費についても補償がされない限り、営業の休止による減少収益の補償が完全とはいえないからである。したがつて、固定経費補償も事業所得の収入金額に代る性質を有するものである。

(3) 給料補償 八四、六〇〇円

従業員の一か月分の給料四七、〇〇〇円の六〇パーセントを休業期間たる三か月分について補償したものである。給料補償の趣旨およびそれが事業所得の収入金額に代る性質を有するものであることは固定経費補償の項で述べたのと同様である。

(4) 得意喪失補償 五四四、四〇〇円

前記一か月当りの収益額の四か月分を補償したものである。その趣旨は、工事のために営業を休止し、場所の移転をすることになれば、それによつて従前の得意先を喪失することが予想されるが、この得意先は工事の終了または移転の完了後営業を再開したからといつて直ちに以前と同様の得意先を確保することは通常困難であると認められることから、再開後従前と同程度に得意先を獲得し、その回復をはかるまでの間に予想される減少収益を見積つて、これを補償しようとするものである。したがつて、その実質はまさに事業所得の収入金額に代る性質を有するものである。

もつとも、前記固定経費補償と給料補償については、被補償者が一定の期間内にその交付の目的に従つて現実に費用の補填に充てたときには、その充てた部分の金額は必要経費として事業所得の算出上収入金額から控除すべきところ、原告は前記確定申告において本来の事業にかかる所得の計算上必要経費一、六三〇、五〇〇円を控除して申告済みであるので、本件更正処分にあたつてさらにこれを必要経費として控除すれば二重に経費を控除することになるので控除しなかつたものである。

(三) なお、付言するに、前記損失補償金合計一、八五〇、三四三円のうち本件営業補償金以外のその余の補償金も都の補償基準要綱に基づいて算出されたものであり、それらは次のとおりいずれも完全に補償されているのであるから、他に買収に伴う精神的苦痛に対する慰籍料とか贈与等の特別の事情のない以上、それら以外に支払われた一、〇四三、〇〇〇円は営業補償金以外のなにものでもなく、したがつて、それは事業所得の収入金額に代るものと認めざるをえないものである。

(1) 工作物等補償 二三六、六〇〇円

原告の前記賃借建物に付属する工作物等について、実地調査のうえ、そのうちの移転可能なものについては移転費用を、移転不能のものについては推定再取得価額等から適当と認める額をそれぞれ補償したものである。

(2) 動産移転費用 六、九八七円

動産の移転に要する費用として建物の占有坪数に応じて補償したものである。

(3) 移転雑費 五八、七三一円

建物移転の場合の移転先の選定に要する費用、法令上の手続に要する費用、移転旅費その他の雑費を補償したものである。

(4) 特別措置 五〇五、〇二五円

その趣旨は、建物の移転により、建物の使用者がその住居または店舗を失う場合において、右(1)ないし(3)のような各種の補償金をもつて使用者が従前使用していた住居または店舗と同程度の住居または店舗を確保することが困難であると認めたとき、現状回復に必要とする費用相当額(移転先入手に要する諸経費および借家人の場合は家賃差額等を含む。)を建物の種類(本件の場合は店舗兼住宅)に応じて補償しようとするものである。

三  被告の主張に対する原告の認否および反論

1  被告主張の事実のうち、原告が被告主張の建物を賃借して建具業を営なんでいたところ、被告主張にかかる工事のために右建物の敷地が買収されたことに伴い、右店舗を他に移転せざるをえなくなり、東京都から昭和三八年中に総額一、八五〇、三四三円の損失補償金の支払いを受けたこと、右補償金の内訳として東京都側の関係書類には被告主張のとおりの項目別の金額の記載があること、原告が前記損失補償の交渉について、被告主張の東京都道路対策連盟の書記星武彦にまかせていたこと、東京都が被告主張のころ、星に原告の損失補償金として総額一、八五〇、三四三円を提示したこと、星が被告主張の日に東京都に対して右補償金の総額について了承する旨を伝え、原告の署名押印のある「立ちのき承諾書」に原告の印鑑証明書を添付して提出したこと、原告が前記確定申告をした事業所得の収入金額が二、三七三、〇〇〇円であり、必要経費が一、六三〇、五〇〇円であることはいずれも認めるが、その余は争う。

2  本件営業補償金は事業所得の収入金額に代る性質を有しない。

(一) 原告と東京都との間における損失補償に関する協議はもつぱら総額についてのみ行なわれ、その内訳についての協議は一切行なわれたことはなく、結局、両者間の合意は損失補償金の総額についてのみ成立したものである。被告主張の損失補償金の内訳は、東京都が右合意された総額をその後手続上の必要から各項目に振り分けた際、都の補償基準要網に制約されて営業補償以外の対価補償名下の部分を一定金額内におさえざるをえなかつたため、その残額を比較的伸縮自在な営業補償項目に割り振ることによつて、形式的に都の補償基準要網に則つたように整えたものにすぎない。

(二) 損失補償金に対する課税処分は、その実質に応じてなされるべきところ、被告主張の本件営業補償金の算出根拠はいずれも合理性がなく、なかでも査定収益額および得意喪失補償額は原告の当時の営業実績を大幅に上回る多額のものであつて、本件営業補償金は名目は営業補償であつても、営業補償としての実質を有していない。

(三) 原告が支払いを受けた損失補償金一、八五〇、三四三円の実質は次のようなものであり、実質的に営業補償に振り向けられる部分はまつたく存在しない。

(1) 借家権補償一、〇〇〇、〇〇〇円

一般に、借家権の価額はその使用敷地の価額の三分の一と評価すべきところ、原告の前記賃借建物の敷地は一四坪余りであり、その地価は、前記協議の成立のころ、更地換算で坪当り約二〇〇、〇〇〇円であつたから、右建物の借家権価額は約一、〇〇〇、〇〇〇円となる。

(2) 営業権喪失に対する補償八〇〇、〇〇〇円

原告の営業していた場所は大田区の繁華な商店街であつて、建具営業には好条件の場所であり、当時これと同様な場所に原告の賃借していた家屋と同程度の家屋を賃借するとすれば、約一、八〇〇、〇〇〇円の権利金が要求されるところであつた。右権利金のうち、借家権に相当する価額は前記のとおり約一、〇〇〇、〇〇〇円であり、残りの八〇〇、〇〇〇円は場所的利益の対価に相当するものである。そして、右の場所的利益は営業権の一要素であり、原告は前記賃借建物の敷地の買収により同所を立ち退かざるをえなくなつたのであるから、右八〇〇、〇〇〇円に相当する営業権を喪失したのである。

(3) 家賃差額

原告の当時における家屋賃借料は月額五、五〇〇円であつたが、当時新規に同程度の家屋を前記のような繁華街に賃借するとすれば、賃料は月額二五、〇〇〇円以下ということはないから、原告は相当額の家賃差額を補償されてしかるべきであつたが、原告に対して支払われた補償金額は右の借家権補償、営業権喪失に対する補償に充てられると、家賃差額の補償に充てられる分はないのである。

ちなみに、原告は、前記買収に伴い、前記賃借建物の代替家屋(建坪約一三坪)とその敷地二七・九六坪を代金三、八〇〇、〇〇〇円で買受けたが、前記損失補償金一、八五〇、三四三円は全額右代金の支払いや右売買の雑費その他移転費用等の支払いに充てられたものである。このことに照らしてみても、本件営業補償金が事業所得の収入金額に代る性質を有するものでないことは明らかというべきである。

(2) 仮りに、本件営業補償金が営業補償の実質を有しているとしても、被告主張の得意喪失補償は事業所得の収入金額に代る性質を有するものではなく、譲渡所得を構成するものというべきである。

すなわち、得意は慣行上取引価値のあるものとされているのであり、それは経済取引上の価値の一種であつて、いわゆる営業権の一要素である。詳述すれば、それは営業の物的人的組合せの合理性または顧客関係の有利性その他営業上の無形の利益源と考えられるもので、「のれん権」等とよばれ、その営業を組成する個々の財産の価値の合計額を超える営業価値であり、将来の収益期待利益である営業権の一要素である。したがつて、得意は無形固定資産の一種であるというべきところ、それは収用(買収)によつて一旦消滅し、営業再開後の投資によつて再び営業者に取得されるものであるから、得意喪失補償は消滅する無形固定資産の価値に対する補償であるというべきで。ある。そうだとすると、得意は無形固定資産の一種として収用(買収)、譲渡については有形固定資産と等しく扱われるべきものであるから、得意喪失補償は旧所得税法施行規則七条の一一第三項により譲渡所得を構成するものというべきである。

四  原告の反論に対する被告の再反論

本件営業補償金が事業所得の収入金額に代る性質を有しないとの原告の反論はすべて争う。

なお、原告は、前記得意喪失補償は収用(買収)によつて消滅する得意という営業権(無形固定資産)の価値に対する補償であつて、事業所得の収入金額に代る性質を有するものではなく、譲渡所得を構成する旨主張するが、得意喪失補償の本質は、前記のとおり営業場所の移転等に伴う減少収益に対する補償であり、これに対し、原告主張の営業権消滅の対価補償は営業場所の移転により通常営業の継続が不能となる場合にのみなされるものである。ところで、原告の営業種目は当該場所以外の場所でも営むことができる建具業であり、営業場所の移転により通常営業の継続が不能となる性質のものではないから、前記得意喪失補償は営業権消滅の対価補償ではありえず、これを前提とする原告の右主張は失当である。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第三号証、第四、第五号証の各一ないし三、第六ないし第一五号証、第一六号証の一ないし七を提出。

2  証人下向磐、同伊藤誠の各証言および原告本人尋問の結果を援用。

3  乙号各証の成立(第一号証については原本の存在および成立)を認める。

二  被告

1  乙第一ないし第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一、第一二号証、第一三号証の一、二、第一四号証の一ないし三、第一五号証を提出。

2  証人前沢保利、同浜本明の各証言を援用。

3  甲第一二ないし第一五号証、第一六号証の一ないし七の成立は認めるが、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件更正処分における総所得金額(ただし、事業所得のみ)の認定が正当か否かについて判断する。

1  原告が東京都大田区北千束町五三三番地所在の建物を賃借して建具業を営なんでいたところ、東京都知事の施行にかかる都市計画事業環状第七号線街路築造工事のために右建物の敷地が買収されたことに伴い、右店舗を他に移転しなければならなくなり、東京都から昭和三八年中にその損失補償金として合計一、八五〇、三四三円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

2  被告は、右損失補償金の中には事業所得の収入金額に代る性質を有する営業補償金一、〇四三、〇〇〇円が含まれている旨主張するので、この点について検討する。

(一)  いずれも成立に争いのない甲第一六号証の一ないし七、乙第三号証、同第五、第六号証、同第八、第一〇および第一三号証の各一、二、同第一四号証の三、証人前沢保利、同浜本明、同伊藤誠、同下向磐の各証言(ただし、右伊藤、下向の各証言のうち後記信用しない部分を除く。)および原告本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)ならびに弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(1) 東京都は、都の補償基準要綱(昭和三六年四月一日から施行され、昭和三八年一〇月一日「東京都の事業の施行に伴う損失補償基準」の施行により廃止された東京都の内部準則)に基づいて原告が前記事業のために従前の店舗の移転を余儀なくされることによつて受ける損失の補償額を算定したこと

(2) 都の補償基準要綱によると、営業補償として、建物の移転により営業を一時休止するときは建物移転の工法に従い通常必要とする休業期間に応ずる推定収益額を補償するものとし(これを休業補償という。)、右営業休止の期間中事業主の負担となるその建物の公租公課、光熱、水道および電話の基本料金、従業員の法定福利費その他通常支出を必要とする固定経費があるときは、その額を補償しうるものとし(これを固定経費補償という。)、また、右営業を休止する場合において、事業主が就労させることができない従業員に対して賃金を支払う必要があるときは、建物の移転に伴つて通常必要とする休業期間に応ずる従業員の、労働基準法一二条の規定による平均賃金の範囲内で補償するものとし(これを休業手当補償という。)、さらに、建物の移転により規模の縮小、得意の喪失等により営業収益が減少するものと認められるときは、従前の営業期間、地理的条件等を考慮して、その直近二年度の平均年間純益額の範囲内で相当と認める額を補償しうるものとしている(これを得意喪失補償という。)こと

(3) 東京都は、原告が従前の店舗の移転を余儀なくされることによる損失補償金について、都の補償基準要綱に基づき、営業補償として、休業補償四〇八、三〇〇円(平均月収一三六、一〇〇円の三か月分)、固定経費補償五、七〇〇円(月間経費一、九〇〇円の三か月分)、休業手当補償八四、六〇〇円(月間休業手当二八、二〇〇円の三か月分)、得意喪失補償五四四、四〇〇円(前記月収一三六、一〇〇円の四か月分)、合計一、〇四三、〇〇〇円、工作物等の移転補償(工作物等補償)として二三六、六〇〇円、動産移転補償として六、九八七円、移転雑費補償として五八、七三一円、移転のための特別措置補償として五〇五、〇二五円、以上合計一、八五〇、三四三円と算定し、右金額を損失補償金として前認定のとおり原告に支払つたこと

(4) 原告は星武彦を代理人として東京都と損失補償額の交渉をした(このことは当事者間に争いがない。)が、星は、前記事業の施行によつて他へ移転を余儀なくされることになつた環状第七号線街路用地部分やその沿線の住民等を中心として昭和三六年ごろ組織された東京都道路対策連盟の書記として右連盟の多数の会員に代つて東京都としばしば補償金に関する交渉をし、さらには、損失補償金、ことに営業補償金に対する課税の問題について税務当局とも再三にわたつて交渉していたことから、都の補償基準要綱の内容および東京都が原則として右要綱に従つて損失補償金額を算定するものであることについて十分な認識を有し、また、課税との関係で損失補償金の内訳についても関心を持つていたこと

(5) 星は、東京都の係員から原告に対する損失補償金の提案額を示され、右金額のうちの営業補償金額についても説明を受けたうえ、原告に対して東京都の提案を説明し、その了解を得て昭和三八年八月三〇日原告の署名捺印した「立ちのき承諾書」(乙第八号証の二)を東京都に提出して、東京都との間において原告の立退きとそれに対する損失補償について合意を成立させたこと(右事実のうち、星が東京都から原告の損失補償金の総額の提示を受け、昭和三八年八月三〇日原告の署名押印のある「立ちのき承諾書」を東京都に提出したことは当事者間に争いがない。)

(6) もつとも、原告は、東京都との損失補償についての最終的な合意の際、右合意された損失補償金の内訳については、営業補償の額を除き、ほかにどのような項目の補償が含まれているかは、ある程度知つていたものの、その具体的な内容や金額までは知らなかつたが、それは、原告が最終的な合意の段階では損失補償の総額について最大の関心を持ち、その内訳については関心が少く、東京都側の算定内容を概括的に了解したためであること

以上の事実が認められ、証人伊藤誠、同下向磐の各証言および原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はいずれも前掲各証拠と対比してにわかに信用し難く、他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、原告が東京都から支払いを受けた前記損失補償金一、八五〇、三四三円のうち一、〇四三、〇〇〇円は原告と東京都との間の合意に基づいて営業補償として支払われたものというべきである。そして、その内容をみるに、右営業補償を構成する休業補償および得意喪失補償の部分は、前認定のとおり店舗の移転による減少収益に対する補償として支払われたものであるから、右の部分が事業所得の収入金額に代る性質を有するものに当たることは明らかであり、また、固定経費補償および休業手当補償の部分も、当該事業を継続するために休業中も支出せざるをえない経費についての補償として支払われたものであるから、当該事業に関して受ける収入金の額で、事業所得の収入金額に代る性質を有するものと解するのが相当である。

(三)  これに対し、原告は、営業補償として支払われた金額は、その額が過大であることからみて、原告の営業休止による減少収益等の補償ではありえず、その実質は、原告の借家権補償、営業権喪失に対する補償および家賃差額等の補償である旨主張し、証人伊藤誠、同下向磐の各証言および原告本人尋問の結果によれば、東京都は、原告との損失補償についての交渉を妥結させるために原告の営業収益を実際の収益額よりも多少過大に査定して、それに基づいて営業補償ことに休業補償および得意喪失補償の各金額を算定したことが窺えないでもないが、営業補償はもともと営業休止による減少収益の予想額に基づいて算定されるものであるから、仮りに右予想額が客観的な減少収益額を上回つていたからといつて、直ちにその補償の実質が営業補償ではなく、原告主張のように借家権補償や家賃差額等の補償であるとはとうてい断定し難いというべきである。証人伊藤誠、同下向磐の各証言および原告本人尋問の結果のうち原告の右主張に副う部分は、いずれも前記営業補償が実際よりも多少過大に査定された営業収益額に基づいて算定されたことによる臆測に基づく供述ともいうべきものであつて、右説示したところと前記(一)で認定した事実に照らしてにわかに採用し難く、他に、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告の右主張は採用できない。なお、原告は前記損失補償金一、八五〇、三四三円が原告の代替家屋やその敷地の取得費用にもみたなかつたことからも前記営業補償が事業所得の収入金額に代る性質を有するものでないことは明らかである旨主張するが前記損失補償金一、八五〇、三四三円がもともと原告の代替家屋の取得費用として支払われたものでないことは前記(一)で認定した事実から明らかであるうえ、本来、損失補償ことに対価補償の金額は収用(買収)資産の客観的交換価値によつて決定されるべきものであつて、被収用(買収)者が取得する代替資産の価格が損失補償の金額や性質になんら影響を及ぼすものでないことは論じるまでもないことであり、原告の右主張は失当というべきである。

原告は、また、前記営業補償のうちの得意喪失補償金は無形固定資産の一種である「得意」の消滅に対する補償として支払いを受けたものであるから譲渡所得を構成する旨主張する。しかし、原告が自己の営業について同一あるいは類似業種における標準的収益を超えて超過収益を生み出すような無形の利益源、すなわち、その有する有形の資産とは独立に取引上の評価の対象とされうるような営業権ないしのれん権を有していたものでないことは弁論の全趣旨に照らして明らかであるのみならず、東京都が原告に対して無形固定資産の消滅に対する補償として得意喪失補償金を支払つたものでないことも前記(一)で認定した事実から明らかであるから、原告の右主張も採用できない。

3  以上によると、原告が支払いを受けた営業補償金一、〇四三、〇〇〇円は事業所得の収入金額に代る性質を有するものというべきであるから、旧所得税法九条一項四号、同法施行規則七条の一一第一項により事業所得の収入金額に当たるものというべきである。

ところで、右営業補償金一、〇四三、〇〇〇円のうち固定経費補償五、七〇〇円および休業手当補償八四、六〇〇円については、被補償者である原告がその補償の目的に従つてこれを現実に経費の支出に充てた場合には、その支出した金額は、事業所得の算出上収入金額から控除すべきことはいうまでもないところ、成立に争いのない乙第一四号証の一ないし三および弁論の全趣旨によれば、原告は、前記確定申告において、原告の昭和三八年分の事業所得として、右営業補償金の一割一〇四、三〇〇円を申告したほかに、実際の営業による所得として収入金額二、三七三、〇〇〇円から必要経費一、六三〇、五〇〇円および専従者控除額一四七、五〇〇円を差し引いた五九五、〇〇〇円を申告していることが認められる(右申告収入金額および申告必要経費額は当事者間に争いがない。)から、右固定経費補償分および休業手当補償分は、仮りに現実にその補償の趣旨に則つて支出されていたとしても、右申告された必要経費一、六三〇、五〇〇円の中に含まれているものと解される。したがつて、被告が、所得の算定にあり、前記営業補償による収入金額からこれらを控除しなかつたことは相当である。

そして、原告には、昭和三八年中に前認定の確定申告額のとおり実際の営業による収入金額が二、三七三、〇〇〇円あり、その必要経費が一、六三〇、五〇〇円、専従者控除額が一四七、五〇〇円であつたものというべきであるから、原告の事業所得の収入金額は、右収入金額二、三七三、〇〇〇円に前記営業補償金一、〇四三、〇〇〇円を加算した三、四一六、〇〇〇円となり、他方、その必要経費は一、六三〇、五〇〇円、専従者控除額は一四七、五〇〇円であるので、右収入金額からこれらを控除すると、原告の昭和三八年中の事業所得は一、六三八、〇〇〇円となる。

してみれば、本件更正処分における総所得金額一、六三八、〇〇〇円の認定は正当というべきである。

二  叙上の次第で、本件更正処分は適法であり、したがつてまた、本件賦課決定処分も適法であるというべきであるから、これらが違法であると主張する原告の本訴請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高津環 裁判官 上田豊三 裁判官 横山匡輝)

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